法学部専任教員によるリレー連載、第24弾は倉島安司准教授です。
昔、王様や殿様、貴族や武士たちが世の中を支配していた時代が終わり、市民革命などを通じて一般の市民たちが国家権力を手に入れて、「近代」と呼ばれる時代がはじまったとき、国家と国民の関係について人々が取った考え方は、自由主義といわれるものでした。これは簡単に言えば、国民の日常生活や経済活動に国家はできるだけ口を出さず、それが他の人々にとって危険だったり、国家の存続をおびやかしたりする場合にだけ、政府(行政機関)による規制を受ける、というものです。
そして、この規制権限を政府(行政機関)が勝手に使って国民の権利を侵害しないように、近代国家をつくった人々はまず、重要な規制を行政が行うときには、あらかじめ国民によって選ばれた国会が作る法律がなければならず、行政はその法律に従って行われなければならないと考えました。さらに、その法律の規定に違反して行政活動が行われたときには、後から裁判所で争って、行政が行った処分を取り消してもらったり、生じた損害を国や地方公共団体に賠償してもらえる、という制度を作りました。
この国家と国民の間を規律する近代のしくみは、ある程度うまくいったのですが、しかし「現代」と呼ばれる時代がきて、科学技術が進歩し国民の経済活動の規模が大きくなると、行政の役割も拡大し、その性質も変化していきます。例えば、昨年の東日本大震災にともなう原発事故を考えてみると、もし電力会社に関する政府(行政機関)の事前の指導や規制が不適切で、実際に大事故が起こってしまったとき、後から裁判で多額の賠償金を得ても、失われた人命や人々の生活は、もう戻ってきません。
また、社会保険制度の維持や、少子高齢化によってより必要となる社会福祉サービスの提供が、国や地方公共団体の責任だと考えられるようになると、行政には、危険を避けるための最低限度の介入だけでなく、より積極的に国民の生活に関わっていくことが求められるようになります。また、それらの行政活動を可能にするためには、近代に考えられていたよりもはるかに大きな財源が必要となります。
このように、一方で国民の自由な経済活動をできるだけ可能にし、他方で国民が安全で充実した生活を送れるように積極的に国民生活に関わっていくという、二つの異なる方向での行政に対する要請を、それぞれの時代に作られた様々な目的を持つ法制度の中でどう実現させていくかが、行政に関する法制度について考える上での、重要なポイントとなるのです。
8月23日(木)に開催されるオープンキャンパスにて、倉島安司准教授の模擬授業(タイトル:「災害による損害はどうなるのか?」)が体験できます。申込不要ですので、興味のある方は是非とも参加してください!
第23回 「法とユスティティア―「剣」から「錨」へ」(長谷川裕寿准教授)
第22回 「GNHから大学教育を想う」(秋池宏美教授)
第21回 「戦国時代とはこんな時代」(黒田基樹准教授)
第20回 「震災と政治(2)阪神・淡路大震災と政治」(成田憲彦教授)
第19回 「情報法は決して目新しい学問ではない」(辻 雄一郎准教授)
第18回 「震災と政治(1)関東大震災と政治」(成田憲彦教授)
第17回 「株式会社の暴走をいかに防止するか?」(菊田秀雄准教授)
第16回 「成人年齢の引き下げ(18歳成人)と民法(1)」(上河内 千香子准教授)
第15回 「『デジタル人間』と『生身の人間』-あなたの個人情報はこう使われていた」(宮下紘准教授)
第14回 「インサイダー取引禁止はどのような者におよぶか?」(王子田 誠教授)
第13回 「鉄の時代を生き抜く―文学だって面白い」(海老澤 豊教授)
第12回 「裁判員制度について」(堀田周吾准教授)
第11回 「法律は「弱者」を守れないのか?」(草地未紀講師)
第10回 「イマヌエル・カント」(福田二郎教授)
第9回 「「本の王国」とブックタウン運動」(熊田俊郎教授)
第8回 「「フレセキュリティ」(flexicurity)と「フレシキュオリティ」(flexsecquality)」(石田信平講師)
第7回 「時効とは?」(竹内俊雄教授)
第6回 「刑事政策について」(米山哲夫教授)
第5回 「鳩山新政権と政治学」(西川敏之教授)
第4回 「証明責任・証明妨害 ― 神判に起源?」(太田幸夫教授)
第3回 「経済に関する法の直面している問題」(大録英一教授)
第2回 「私の憲法研究」(「北原仁教授)
第1回 「子ども虐待の防止――私たちにできること」(吉田恒雄教授)